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秋の「郷土料理まんぷくツアー」1日目(扶余で観光)

定林寺址

硫黄鴨を堪能した一行のバスは、一気に今夜の宿泊地、忠清南道の扶余(プヨ)をめざして南下します。

7世紀はじめの朝鮮半島は、北の高句麗、西の百済、東の新羅が覇権を争う戦国時代。
扶余は「百済王国」の都として栄え、当時は泗沘(サビ)と呼ばれていました。

百済は大和朝廷に援軍を求め「白村江の戦い(663年)」で戦うものの、結果として新羅が勝利をおさめ百済は大敗し滅亡してしまいます。
このあたりのことは古代歴史ファンならご存知ですね。

私はこの町が大好きで年に一度は必ず訪れます。扶余ってどんなところだろう?」と思われた方は参考にしてください。(と、さりげなく宣伝)

『百済の面影・扶余の旅』
http://buyeo.jp/

冒頭の写真は「定林寺址」といって百済時代に立派な寺院があったところ。
寺院を破壊した敵方の将軍が、百済の滅亡を記念してこの石塔に「大唐平百済国碑銘」という勝利宣言を刻んで火を放ち、今もその文字が残っています。

すべてが打ち壊されながら石塔だけが残ったのは、皮肉にもこの落書きのおかげといわれます。

定林寺址

私の感傷に関係なく、参加者の皆さんはぱっぱと写真を撮り終えると後ろの建物へ。
ここには高麗時代の石仏さんが安置されています。帽子をかぶった素朴なお姿で、ちょっとした人気者でした。

石仏


おっと、このペースではなかなか先に進みませんね。
少しペースをあげなくちゃ(汗)

(つづく)

theme : 韓国旅行
genre : 旅行

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ナグネ(旅人)

Author:ナグネ(旅人)
渡辺美巳(わたなべよしみ)
韓国の田舎を旅する、食いしん坊イラストライター。
「ご飯食べた?」が挨拶がわりの国。どこで何を食べるかは韓国を知る手がかりのはず!
gogo@jeonju.jp

呉煐玟(オ・ヨンミン)
ソウルの達人ガイド。
右下のTwitterでソウル情報や料理レシピをつぶやきます。
女性ならではの感性で個性的なオーダーメイドの旅を企画&ガイドします。
oh3047991@hotmail.com

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